コーヒー愛好家の悲劇


男はコーヒーを愛していた。どれくらい愛していたかというと、エアーズロックでコーヒーの出し殻を
ばら撒き、愛を叫びたくなるほど愛していた。

ある日、男は電化製品コーナーの一角にいた。そこには三大メーカーの一つ『コーヒーメーカー』が
陳列されていた。ちなみに、残る2つは『ムードメーカー』と『ラフメーカー』である。

「やっぱなぁ、どうせ買うならなぁ、おいしいコーヒーを飲みたいよなぁ。どのコーヒーメーカーにしようかな、浄水機能は外せないよなぁ、でもちょっと高いかなぁ」
そんな幸せな、優柔不断に浸っていた。
店から出た男の手には、コーヒーメーカー(浄水機能つき)が大事に抱えられていた。

次の日から、男のコーヒー三昧な日々が始まった。暇があればコーヒーを飲み、暇が無くてもコーヒー
は飲み、コーヒー片手にコーヒーを飲む。そんな生活を存分に楽しんでいた。」

「砂糖やクリープを入れるなんて邪道だね、やっぱブラックでなきゃコーヒーの良さは分からないよ。」
なんて通のような戯言を言っていたりした。

そんなある日、男の身に異変が起こる。いつものようにコーヒーをすすっていた男を突如胃痛が襲う。
痛みはやがて激痛に変り、男はフローリングの上をのたうちまわる。
「神様、僕何か悪いことしましたか?」
あまりの痛さに無神論者な男が神にすがった。

しばらくして痛みはおさまったが、男の体に異変が起きだす。
体が次第にコーヒーを受け付けなくなってしまったのだ。
匂いが、味が、酸味が、特に酸味が。進まないコーヒーは瞬く間に冷めていった。
冷めたコーヒーは格別まずく感じられた。

しかし、男のコーヒーへの愛は深かった。牛乳で割り、カフェオレにして飲んだ。次第に牛乳の量は増え
カフェオレはコーヒー牛乳になり、コーヒー牛乳はミルメークになった。
「とうとう、オレもこんな生ぬるい飲み物を飲むようになっちまったか。でもよ、お風呂はぬるめが
いいんだよ、ミルクも人肌がいいんだよ。ぬるいほうが真実の愛なんだよ。」
そんな言葉で自分をごまかし、やけミルメークをかっくらった。

だが、事態は最悪の方向へと進む。男の体はとうとうミルメークすら受け付けなくなったのだ。
かつてのメジャーリーガーは小学生の球を三振するようになった。
その後男はコーヒーからすっぱり足を洗ったが、たまにコーヒーメーカーに積もったホコリを
優しくふき取るのであった。
これも一つの愛のカタチなのだと・・・・・。



おしまい



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