因果律の囚人
〜あらすじ〜
狂気的理論により世界の因果律を崩壊させたとして、宇宙のデッドスペースに
隔離された4人の科学者が、自己消滅の期限である1週間以内に究極理論の
完成を目指す話。
21世紀初頭、過去へのタイムトラベルが可能であることが実証される。それとともに
因果律の不可侵性も証明された。
しかし、数年後因果律の不可侵性を否定する論文が立て続けに発表され、各研究機関で
実験が繰り返されるようになる。
ある年世界分裂の兆候を捕らえたデータが発表されるとともに、因果律の崩壊が予言。
次第に因果律の崩壊が始まり、各地で過去・現在・未来の連動性の狂いが次々に報告される。
緊急処置として、因果律の崩壊に深く関与したとされる科学者の存在を凍結し、デッドスペースに
隔離することが決定する。
※デッドスペース・・・人類による新たな宇宙の創造として作られた人工空間。莫大なエネルギー
がかかる上に、宇宙本来の創造的要素を持たないため、『デッドスペース』と名づけられた。
何も無い空間、光も、闇すらもも無い世界で男が目覚める。
「う、うぅ・・・・」
「おはよう、お目覚めの気分はいかが?」女が話しかける
「ここは、どこだ?」
「さしずめ、グレゴリーザムザの気分かしら?でも安心して、あなたにリンゴをぶつける人は
いないから大丈夫」
「もっとも、リンゴすらここにはありはしないがね」奥の男が言う。
「私はイライザ、こっちの子供がウィック、で彼がフィリップよ」
「自らの理論に基づき、過去・現在・未来のあらゆる世界のデータを閲覧し続けた『ハッキングの魔女』
イライザ、他の追随を許さない飛躍的発想で量子力学を極限まで進化させた『粒子の怪物』ウィック、暗粒子を主とする理論により世界を闇で覆いつくした『闇の帝王』フィリップ。なるほど、そうそうたるメンバーだ」
「あなたの名前は?」
「私の名前はイシュワルト。代表論文は『法則可変性理論』」
「法則可変性理論?聞いたこと無いわね」
「・・・・いや、私は論文選考の手伝いをしていた時機があったのだが、名も無き大学の研究員の論文
が送られてきた時からトップの会議が幾度となく行われた。そして半年間の選考期間の後、論文内容
に矛盾が見出せないにもかかわらず、論文が公の場に出ることは無かった。
その論文の名が確か『法則可変性理論』。そして数年後、正統派理論をことごとく駆逐する論文が
立て続けに発表された。発表した科学者は別々だが、理論の切り口に一種の類似性が見られた。
それで噂が立つようになった、影で作っている奴がいるんじゃないかとね。
まさか実在したとは、な。君が『パラドクスの住人』なんだろイシュワルト。」
「ああ、その通りだ。」
その時デットスペースの空間に歪が出来だした。中から白髭をたくわえた一人の男が現れる。
「元気ですか、イシュワルト博士。」
「来るのが私の計算より10分も早かった、なかなか優秀になったなネロ。」
「相変わらず何でもお見通しなんですね、博士。そんな優れた人間、もとい私の師であるあなたを
世界から消し去る理論を作ることになろうとは、皮肉なものです。」
「『絶対性光円理論』を作ったのは私だが、世に発表したのは君だ。私はどんなことがあろうと、
アルローネの論文が発表されるまで待つように言ったはずだが。」
「それがねぇ、あなたの論文の導き出す結論が正しいかどうかちょっと実験したんですよ。そしたら
アルローネさん飛行機事故で死んじゃったんです。」
「!!!!!」
「死んだ人間の論文発表をいつまで待ってても仕方ないでしょ?」
「・・・では、もう世界の崩壊は止めることはできない」
「そこであなた方の力を借りたいんです。発表されるはずだったアルローネさんの論文を1週間以内
に完成させて欲しいんです。もし完成できなかった場合、心苦しいですがあなた方の存在を消去させて
いただきます。」
「異論の余地は、無しか」 「仕方ないわね」 「暇だから別にいいよ」
「イシュワルト博士、あなたはどうお考えで?」
「・・・・・・・・」
「返事が無いのなら了承したとみなします。ここに紙とペンがあります、できた論文を書き留めてください」
そう言葉を残すと、ネロ博士は空間の歪の向こう側へ消えた。
「アルローネの論文か・・・」そうつぶやくイシュワルト。
「いったいどんな論文だったんだい?」フィリップが尋ねる。
「世界に存在するすべての矛盾を解消する理論、『自然法則対子補完理論』」
「果たして私達にできるの?」
「分からない、だが選択の余地は無い。」
「今日は遅いしもう寝ようよ」ウィックが言う。
「そうしましょうか、じゃあおやすみ」 「おやすみ」
各々が眠りについた後、暗黒の空を見上げイシュワルトはつぶやく。
「アルローネ、人類の繁栄が何億年続こうとも君ほどの天才は現れないだろう。私が研究せずとも、
因果律はいずれ崩壊する運命にあった。君の論文によってすべての悪魔的理論は魔力を失い、
そして永遠の平穏が訪れるはずだった。君は何も知らずに消えていく・・・。本当に残念だ。」
ため息を一つついてイシュワルトは眠りについた。
〜2日目〜
時間すら存在していないような世界で4人は目覚めの朝を迎える。
「早速だけどイシュワルト、アルローネ博士の論文の概略を教えてくれないかしら。」イライザが話を切り出した。
「『球体は壁にぶつかり跳ね返る』、これは球体が主とした理だ。『壁は衝突してくるものを跳ね返す』
これが壁を主とした理。すべての理論には相補的なものが存在している、その普遍性の証明を
導き出したのがアルローネの論文。」
「つまり、こういうことかね。世界を滅する理にはそれを回避する理が存在している。その普遍性が
証明されれば、世界は永遠に形を失うことはない、と。」
「でもさぁ、『永遠の時』の証明には永遠の時間が必要じゃん。期限は一週間だよ。」ウィックが
口をとがらす。
「確かにその理論が完成したら因果律の崩壊は回避できるでしょうけど、アルローネ博士の因果律
が解消できないわ。論文はアルローネ博士が発表してこそ意味をなすもの、因果律の崩壊をもたらす
我々が作ってしまっては元も子もないわ。」
「そう、因果律の崩壊をもたらす我々が因果律を救済する論文を作りあげるという矛盾。きれいに重ね
合わされた2つの矛盾、我々は見えないパズルのワンピースなのさ。話し込んでも仕方ない、論文を
作り始めよう。」
話し合ってそれぞれの分担を決め、ネロ博士が用意した紙とペンにより論文製作に取り掛かる。
どんな複雑な数式も頭の中で計算し、答えをはじき出せるウィック。趣味でオカルト以外のほとんどの
論文に目を通したというイライザ。哲学・宗教・ロジック、あらゆる点からの思考アプローチが可能な
自在にできるフィリップ。なかなかいいメンバーだ。これにアルローネが加われば最高のチームに
なるだろうが、アルローネを目指すチームにアルローネを入れるのは本末転倒か・・・。
各々が疲れ、眠りについたあとイシュワルトは暗黒の空を見上げる。
(学生時代、一際懸命にノートを書き連ねる女学生がいた)
(取るに足らない科学史の講義。この女性は純粋に勉強好きなのだろうか、真面目な自分が好きなだ
けなのだろうか)
(しかし、講義内容に反比例してノートする量が尋常ではないだろうか。いったい何を書き込んでいる
のだろう?)
その時彼女は気まぐれ教授の講義内容・行動を逐一予測し、結果の検証・予測の補正を信じられない
スピードで行っていたのだ。講義終了後、どちらの足から何歩で講義室を出るかまで。
その女学生の名前がアルローネだった。
数年後、同じ研究室のメンバーとなったアルローネはカオス理論のスペシャリストとなっていた。
(懐かしい・・・、こんな場所で昔の思い出に浸るのも悪くない)
〜3日目〜
「ねえ、イシュワルト」 「何だい、イライザ」
「ここの空間システムを調べたんだけど、現実世界に干渉は出来ないけれど、時間概念に抜け道を
見つけたの。この世界に閉じ込められたことのある学者の理論なんかをサルベージできそう。」
「存在を抹消された禁断の理論を使えるのか。気になった理論があったらピックアップしてリスト化
しておいてくれないか?」
「わかったわ」イライザが空間に波長を合わせデッドスペースの過去を垣間見ていく。
「思ったより負のフィードバックがきついわね。フォールドスペース理論の改論にソウルフェニックス理論
の集大成、パラレルワールドのパラダイム・シフトまである。これらを利用すればアルローネさんを
復活させることが出来るんじゃないかしら。」
「・・・・・・・残念ながらそれは無理だろう。時空コストがかかりすぎる。」ウィックのはじき出した答えを
見てフィリップが呟いた。
「アルローネさんの魂が復活するのにかかる時間は?」
「ちょうど2000年といったところだ。」
「2000年に1人の大天才が飛行機事故で死んじゃったのか、人類もついてないわね。」
「そして4人の悪魔が人類救済の肩代わりをしようと打って出た。」
「3人が悪魔(DEMON)でしょ、僕は守護者(DAEMON)だもんね。」
「まったく、ウィックは減らず口だな」イシュワルトが笑みを漏らす。
「・・・・この理論、時空圧縮モデルの実用化理論、製作者イシュワルト???」イライザが驚く。
「君は以前にも閉じ込められたことがあったのか。」フィリップが尋ねると。
「ああ、だから記憶の70%は失われた状態だよ。」苦々しい顔でイシュワルトは答えた。
「わかったわ、まずはイシュワルト、あなたの記憶をサルベージしましょう」イライザが言う。
「助かるよ、途中までアルローネと私は共同研究していたんだ。それでアルローネの論文の
概略は6割ほど復旧するはずだ。」イシュワルトがそう言った。
「ウィック、復旧にはどのくらい時間がかかりそうだい?」フィリップが聞くと、
「そうだね、ざっくり見積もって半日ってとこだよ。今日一日一杯必要だね。」ウィックが答えた
ウィックが記憶の位置を計算しイザベラが記憶をサルベージし、フィリップがそれをまとめ、イシュ
ワルトが論文として書き留める。4人は共同して作業を進めていった。
皆が寝静まった後、暗黒の空を見上げイシュワルトは回想にふける。
(君との共同研究していた時代は実に充実していた)
「アルローネ、君は夢なんてあるのかい?」イシュワルトがデータを整理しながらそう聞くと。
「そうね、家庭を持つなんてスリリングでいいかも知れない。」アルローネは計器を操りながら
そう答えた。
「君の感性はよくわからないな。」
「イシュワルトにも夢くらいはあるでしょ。」
「子供のころはあったが、今は夢なんて持たないさ。持つのは理想と目標だ。」
「あなたらしい答えね。でも理想と夢って似たようなものじゃないかしら。」
「そう言われれば否定はできないよ。」
(ふふ、普通の家庭か。デッドスペースに封じられた今ではそれもいいかなと私は思うよ)
イシュワルトは横になると眠りについた。
〜4日目〜
今日も天気は暗黒。そんな世界で4人は目覚める。
「ちょっといいかい、イシュワルト。」
「なんだい?フィリップ。」
「確かにアルローネの理論のこの部分が完成すれば我々は助かるかもしれない。でもその結末は
あらゆる法則を無意味にしてしまうものであるような気がするのだが」フィリップが尋ねた。
「確かに、場合によっては世界にねじれたカオスが出来るだろう」イシュワルトは答えた。
「この世界に隔離された時点で存在の9割は失われている、安全だと向こう方は考えているのじゃ
ないかしら」イライザが言った。
「世界を破滅に追い込む元凶である自分、それでも生きようとする自分を否定できるならチームから
外れてもかまわないよ」イシュワルトが言った。
「世界を取るか、自分を取るか。面白い選択だね。」ウィックが言った。
「自分は無くとも世界は存在するが、世界無くして自分は存在しえない、か。」フィリップがため息をつく。
「そんな綺麗ごとで生きるほど『闇の帝王』の名は落ちちゃいないでしょ。」
「確かに私らしくないかもしれない、しかしこの理論の悪用・失敗に恐れを感じてしまってね。」
「うん。この理論が悪用されたら、世界は消滅して2度と無から何も生まれなくなるね」ウィックが言う。
「恐れてはいけない、信じることが大事なんだ。アルローネの受け売りだけどね」イシュワルトが言う。
「恐くなんか無いけど、不思議な気持ちになる」 「僕も」 「私もだ」
「無駄口を言っている暇は無い。論文完成を目指して頑張ろう。」イシュワルトが言った。
空気の対流すらない世界でイシュワルトは物思いにふける。
「真実は疑うものではないの、受け入れるものなのよ。」アルローネは言っていた。
「そんなことを言ってたら、人類は今でも地面は平らだと思ってるだろう?」私がそう聞き返すと
「ふふっ、私は地面は平らだと思っているわ。」「君みたいな人間が科学者をしているのが不思議だよ」
(私の推測が正しければアルローネ、君は飛行機事故を回避できたのではないのか?
何故君は仕組まれた死を受け入れたんだ?)
(避けられる消滅を受け入れた君、避けられない消滅を受け入れられない自分。よくある皮肉な
話だな・・・・)
イシュワルトは静かに眠りについた。
〜5日目〜
皆が起きだした後、イシュワルトが口を開く。
「アルローネ論文だがどうしても解消できない矛盾がある。因果律はカオスで実験は不可能、
しかし実験をしないと物事の成否はわからない。1度の試しみで完璧な成功が必要とされることが
最大のネックになってしまっている。これを解消するために君達の禁断の理論の力を借りたい。」
「OK。現実でその理論を適用するのは問題だけど、ここ(デッドスペース)なら問題ないもんね。」
皆がそれに賛同した。
「僕の禁断の理論は『相対性量子力学』。マクロの星とミクロの粒子をリンクできる理論」ウィックが言った
「あたしの禁断の理論は『ゴッドアイズ・モデル』。過去・現在・未来あらゆる情報を閲覧できる理論」イライザが言った。
「私の禁断の理論は『暗黒空間シュバルトの解』。負の世界の構築が可能になる理論。」フィリップが
言った。
「よし、その3つを私の『法則可変性理論』で融合させて完璧な修正パッチとしよう。」イシュワルトが言う
「計算はウィックだけじゃ間に合わないわ、私達3人も今日は計算にまわりましょう」イライザが言った。
「なんだかわくわくするね。」ウィックが言った。
「デッドスペースで『楽しみ』という感情が生まれるとは、思いもよらなかった。」フィリップがそう言った。
計算疲れして眠りについた3人をよそにして、イシュワルトは物思いにふける。
(修正パッチに禁断の理論、か・・・・)
(それでもアルローネ、君には追いつけないような気がする)
(本気で君に追いつくには1000年以上かかりそうだよ)
イシュワルトは静かに眠りについた。
〜6日目〜
「明日が期日だが論文はほぼ完成に近い。今日は皆で語り合おう。『チェシャの猫』を知っている
かい?」イシュワルトが尋ねた。
「ねえねえ、チェシャの猫って何?」ウィックが尋ねる。
「童話『不思議の国のアリス』に出てくる変な猫よ。子供のころ読んだこと無いの?」イライザが答えた。
「子供のころ読んだのは量子力学の本だよ。童話なんて読んだこと無いもん。猫ならシュレー
ディンガーの猫の話をしようよ。」
「別にそれでもいいんだが、今日はチェシャの猫だ。」
「だからチェシャの猫って何?」ウィックが口を尖らす。
「簡単に説明すると猫がいてだんだん姿が消えていくんだけど、最後にニヤニヤ笑いだけが残るのよ。」
イライザがめんどくさそうに言う。
「その猫は実在するの?」 「するわけないでしょ、作り話なんだから。」
「いや、我々がそのチェシャの猫なんだ」そうイシュワルトが言った。
「なるほど、存在を次第に抹消される運命にある我々が、最後に残した論文がニヤニヤ笑いという
わけか。」フィリップが言った。
「我々はストーリーの中の存在に過ぎない。運命もストーリーの話の流れに過ぎない。」イシュワルトが
そう言った。
「論文が完成しても我々の消滅は避けられないわけか。」 「最初からそんな気はしてたけどね」
「それに気づいても論文は完成させて欲しいんだ。」イシュワルトが言う。
「チェシャの猫からニヤニヤを取ったらただの猫。わかったわ、論文完成に尽力しましょう。」イライザ
が言った。
「ストーリーなら仕方なしか・・・」フィリップが両手を上にして小首をかしげた。
「う〜ん、シュレーディンガーの猫と考えたら僕は生きているのか死んでいるのか。」ウィックが言う。
「さあ、明日が論文提出の期日だ。皆でじっくり煮詰めていこう。」
「OK。」 「わかった」 「わかったよ」
皆が眠りについたあとイシュワルトは物思いにふける。
(何とか形にはできた。皆の努力のおかげだ・・・・・・・・)
(論文が完成しても私の運命は・・・・・・)
(アルローネ、少しだけ君に近づけた気がするよ)
〜最終日〜
デッドスペースに歪が出来、ネロ博士が現れる。
「どうですかな、論文は完成しましたでしょうか?」
「これが本文だ。こちらが計算式で、これが補足データ。」イシュワルトが紙のタバを差し出した。
「ほう、なかなか素晴らしい。本物のアルローネさんの論文よりも優れているかもしれませんな。」
「余計な世辞はよせ、それでも8割弱だ。あとはあんたらの腕次第といったところだ。」
デッドスペースに消えたネロ博士が数時間後また現れる。
「一つ良い知らせを教えましょう。先ほどの論文が高い評価を得まして、恩赦が下りました。あなた方
の存在凍結を解除しましょう。」
「話がうますぎるな、何か条件がつくのか?」フィリップがいぶかしげに尋ねる。
「察しがいいですね。あなた方4人全員を解放するのはとても危険という判断から、凍結解除は3人
1人はここに残ってもらいます。」
「その残る一人は決定してるの?」ウィックが尋ねる。
「いえ、この場で決めます。これから4人にくじを引いてもらい、くじに赤いマークがついていたら
その人にデッドスペースに残ってもらいます。」ネロ博士が説明し、くじを差し出した。
差し出されたくじを見る4人
「変な小細工などしていません。残留者を決定できる我々が、あえて仕掛けをする必要は無い
でしょう?ちょっとしたゲームだと思ってください。」
「悪ふざけが過ぎるゲームだな」イシュワルトが呟く。
「順番はどうする?」フィリップが3人に尋ねる。
「確率は同じだから引きたい人から引いたら」イライザが言う。
「じゃあ、一番目は僕が引くよ。」ウィックがそう言ってくじを引いた。何も印は無い。
「よっし!ウィック様不敗論は崩れず!」
「2番目は私が引く。この位置が精神的に楽だわ。」イライザがくじを引いた。何も印は無い。
「ふー。ギャンブルはやっぱり性に合わないわね。」
「3番目は私が引こう。」フィリップがそう言ってくじを引く。くじを見て愕然とするフィリップ。
「・・・すまないイシュワルト。君が世界に戻って欲しかったのだが。」くじに印は無い。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」無言を保つイシュワルト。
「くじを確認しますか、イシュワルト博士?確認しないのならこのくじを持って帰りますよ。」
「それは待ちたまえ、私が見てもかまわないか?」フィリップが尋ねる。
「かまいません、どうぞ」差し出されたくじにはくっきりと赤いマークが。
「イシュワルト、悪いが諦めてくれ。」
「最初からわかっていたさ。」 「???」
「これが俺の天運なんだ。」そう言ってイシュワルトは暗黒の空を見上げた。
〜エピローグ〜
落ち着いた雰囲気の居酒屋に2人の客が訪れた。
「ハロー、フィリップ」 「久しぶりね、顔を合わすのは」ウィックとイライザが奥の男に声をかけた。
「来たかウィック、イライザ。後は主役を待つだけだな」フィリップが返事をした。
「ジントニックを一つ頂戴。ウィック、あなたはソフトドリンクよ」
「わかってるよ、酒なんてまずいもの進んで飲むわけないでしょ」
「今の発言を分かりやすく言うと『僕は以前大人にあこがれてお酒を飲んでみましたがまずくて
飲めませんでした』ってことかしら」
「違うよ、僕みたいな良識のある人間が法に触れるような『まずい』物を飲むわけ無いってことだよ」
「相変わらずだな、共同生活はうまくいっているのかい」フィリップが尋ねた。
「もちろんうまくいってるよ」ウィックが答えた。
「ウィックのうまくいってるってのはね、カオスに従ってるってことなの。一ヶ月に一度家電が爆発
するし、10年後には家が跡形もなくなりそうだわ」 「多分もっと早いよ」
「何ですって!原因はあなたなのよ、何そのサラッとした態度は。少しは反省なさい。はぁ〜
フィリップの方はどうなの?研究所の所長になったんでしょ。」
「設備はまだまだだが優秀な研究員がしこしずつ集まってきている。将来が楽しみだよ。」酒を一口
飲んでフィリップが答えた。
「イシュワルトという人間は始めから存在していなかったという証明をネロ博士にされて、それを理解
することはできるんだが、受け入れることがなかなかできない自分がいてね。」
「気持ちは分かるけどやめましょう、彼の話は。考えたら前に進めなくなるわ。」イライザが言う。
「そうだな、今日は新しい研究チームの発足の日だしな。」
その時、店内に女性が入ってきた。
「ごめんなさい、だいぶ待たせちゃったかしら。」
「問題ない、ちょうどいい雰囲気になってきたところだよ。アルローネ博士。」
店のその光景を神の目によって見るものがいた。
「これでようやく世界につじつまがつきましたね」白髭をたくわえたネロ博士が言う。
「色々雑用を押し付けて悪かったね、ネロ」
「いえ、いいんです。あなたの父の下で働くのも楽しかったですよ。」
「じゃあ、本を閉じようか」
「わかりました」
パタン
〜END〜
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